ばぐとらぶごる

開発者もすなるぶろぐといふものを、エンバグ野郎もしてみむとてするなり。

Project Roche Limit「電気人形」に宛てたひとつのおはなし。

先に http://blankrune.sakura.ne.jp/blog/archives/15135 を読んで下さい。

204X年Y月Z日。

 薄暗い霧雨の降る中、山の中腹の怪しげな研究所まで、わざわざオートタクシーを飛ばして来た営業マン風の男は…
 黒い猫の顔型の金属製饅頭に怒られていた。
「うちは普通の電気人形屋やない。研究所や。帰ってくれ。」
「ですが、現状の技術の電源問題の解消には、御社の技術が最適なのは明らかで…」
「だからなんべんも言うとるやろ。帰ってくれ。アンタの要るもんなんぞあらへん。」
 正式名称、ばぐとら研究所、第二研究部、総合研究棟。
 所内の技術屋の通称は、機械棟。
 ……そして、それ以外の人の通称は……山の上の秘密基地。
「ですが……なんとか……」
「ええわ、納得できへんのやったら見ていき。」
 どうせまともに真似できる手法やないけどな、と、心の中で付け足す黒饅頭。
「ありがとうございます!」
「一応、カメラ類のついとるガジェットは全部あかん。あと、うるさくしたらあかんで。」
 来客用ロッカーに一式全部を投げ込ませ、スリッパに履き替えさせ、"GUEST"の名札を首からぶら下げて、認証が必要なドアを開ける。
 今も昔も、このあたりはやることが同じである。
「おーい、マリ、ちょっと来たって。お客さんや。」
「はい、ただいま〜」
 少し奥で作業台の上を片付けていた女性を呼ぶ猫饅頭。
 これでも、この饅頭野郎は、第二研究部長…実質は機械屋サイドの研究所長、通称「博士」である。
 少なくとも"中身"は人間らしい。
「はい、はじめまして、お客様。電気人形安全法に基づく個体識別記号、JP-ER-MISP-sDA-btq-1、通称マリと申します。」
「は…はじめまして。」
 法律に基づき、長ったらしい記号の羅列で自己紹介。
 言われなくても、耳にアンテナがついていたり、ところどころ金属板風の装飾がある服を着ていたりで、なんとなく分かる。
 そう、見た目では分かるのだが。
「早速見せてくれますね……博士。自然な身のこなしを見る限り、コアはゴースト実体化ですか?」
「ちゃう、ネイティブや。逆にこっから情報空間側のゴーストを並行で走らしとる。」
 ネイティブ……白紙から学習させたAI搭載。
 ゴーストの入れ物にする場合と比べ、手間がかかるので高コストになる。
「ほぉ……へぇ……」
 他にもこの研究所製のマシンは、総じて以下の特徴がある。
・3日無給電で走り回っても余力がある、群を抜いたエネルギー効率
・自然な身のこなしとスムーズな受け答え
・小型でスマートすぎて出るべきところも出ていない希少価値ボディ
 3つ目はジョーク?
 いや、1立方センチでも内部の容積を稼ぎ出したい「ヒトガタ」にとっては、不利になるはずの要素の一つ。
「……あまり……しげしげと眺めないで下さい……えっちなのはいけないと思います、とか言っちゃいますよ?」
「もう言うとるがな。」
「ああ、失礼しました……この動き、この体……博士、彼女はここの最新鋭ですね?」
 その一言の後、少しの沈黙。どうやら違ったらしい。
「マリ、説明したり。」
「はい…私は本研究所製作の1号機です。識別記号の最後の1桁が、それを示しています。」
 実際には、新しいモジュールに適宜入れ替えたりと、常に手直しされている以上、旧式のボロ、というわけではないのだが。
 少なくとも、最新鋭ではない、というのは正しいだろう。
 そして、もうひとつ。
「えっ、旧型でこれですか!凄いなあ、すると最新型はさらに…」
「そんなこと思っとるっちゅうことは、何が難しいんかいっこもわかっとらん証拠や。」
「は、はあ…でも、改良されているのならもっと…」
 また少しの沈黙。
 表情など無いはずの博士だが、かなり怒っている、あるいは呆れているように見える。
「最新鋭機はウチを出た時点で連続稼動最低3日保証や。せやからうちは全世界自走納品。それは知っとるやろ?」
「はい、それが売りだとお伺いしております。」
「マリ、今『ごはんナシ』でどのくらい動ける?」
「さあ、完全に動けない状態に陥ったことがないのでよくわかりませんが、蓄電池電圧から推測すると、15日ぐらいでしょうか。」
「じゅうごですか!?」
 延びている。保証の5倍である。これはおかしい。
 蓄電池の劣化は、それなりの頻度で交換して乗り越えていると仮定しても、5倍はありえない…
「なんで、あんたの言うように、大量生産でコストダウンして…いうのができへんのか、まずはこれがキーや。」
「実は5倍の蓄電池載せているとか、床暖房の代わりに床に線が張り巡らされて、床から無線充電されているとか…」
「疑うんやらったら床下見てみるか?それともマリの奴のスカートの中でも覗いてみよるか?」
「ちょっと博士、冗談でもそんなこと言わないで下さいっ。」
 ごんっ。
 言い過ぎたらしい。金属饅頭はチョップを食らい、少しのけぞる。
「んぐぅ……音が中に響きまくるんや、そのチョップだけは……」
「ヘンなこと言うからですっ。」
 この、ふるまいが自然すぎる…自然すぎて研究所のえらい人にチョップを浴びせるこれに、何かキーが含まれるのだろうか。
「あ……まあ……まどろっこしいこと言うててもアカンな。この不思議な要素のほとんどを占めるんは……本人の長年の経験や。」
 経験によって、エネルギー消費の少ないスムーズな身のこなしや、メインAIで一々処理しなくても済む『反射』プログラムにより、様々な状況下で、極めて低負荷で動ける、ということか。
 人間が普通に歩く時に、頭で歩くのを考えなくて済むのはなぜか?の、実装上の一つの答えだろう。
「経験ですか。でも、AIコアを書いてから、情報空間のフルクロックで仮想的に経験を積ませれば高速に……」
「アホぬかせ。所詮仮想空間の経験や。いくら莫大な量突っ込んでも、質はたかがしれとる。擬似乱数で得られる乱数空間なんぞ、リアルAIに対してやと全然足りとらんから、ウチは初期教育以外に使ぅとらん。」
 なかなか難儀な話だ。
 現在の技術で、人間の目にはほぼ完璧に見えるぐらい再現できる、仮想の世界でも、まだ足りないというのか。
「では、このマリさんをたくさんコピーして…」
「AI内のステートを完全コピーした2人目を作ってしばらくしたら、片方が狂いだしたっていう、どっかの大学の論文を見落としたほど素人さんやないやろ?」
「…ああ…」
 できることはすでにやっている。情報として保存しコピーできるのだから、たくさん学習済のインスタンスをコピーしてやれば手間は当然劇的に省ける。
 …はずなのだが、その結果は破綻だったのだ。
 原因は今のところまったくもって不明だが、複数回、しかも別環境での追試でも再現した事象である。
 それ以来、ネイティブな電気人形は各社ともイチから学習させているのだった。
「で、ウチはこれに力技で対応した。仮想がアカンのやったら実世界でやればええやない、っちゅうことや…」
「もしかして、以前も取り上げられていた、御社の電気人形が過疎地でホームステイ、小学校に体験入学、というあれは…」
「そう、便利に使ったって、っちゅうことでCSR活動も兼ねてやっとるけど、実際は実世界の経験を大量に積むための施策や。」
「他にも、社内に専用の学校と言える教育体制まであるんですよ。」
 あまりに力押しすぎて、技術屋としては反省どころでは済まないし、胸を張って画期的な技術と呼べるようなものでもない。
 それが、冒頭の『アンタの要るもんなんぞあらへん。』につながるわけだ。
「…わかったか?わかったんやったら諦めて帰り。今んとこ、泥臭い手法しかあらへん。」
「…はい、よく理解しました…」
 曇った顔で出口へと向きかけた男は、未練がましそうに一度だけ振り返り。
「…博士、これを解決できるような技術開発は、何か進んでいるのでしょうか。」
「今の状況が理想の解やないのはわかっとるんやが、10年ほど待ってエネルギー保存や駆動技術の進歩で力押しするか、20年ほど待ってAI技術の革新で解決するか、どっちがええ?」
「……わかりました。ありがとうございます。」
 さすがに最後の一言で、未練も無くなったらしく、入口へ向けてゆっくりと歩きはじめる。
「あやめ、お客さんのお帰りや、付き添ったって。麓の駅までのタクシー手配も。」
「はい、分かりました。」
 そして、あやめと呼ばれた別個体の『電気人形のような何か』に連れられて、来客用出入口から出ていった。
 所内にけだるい雰囲気を残して。
「ふう……またあの手合いや。このみの奴がおったら、問答無用で蹴り出されとるやろから、まあラッキーやったやろな。」
「そういえば、細かいところまで説明できませんでしたね、MiSP技術のライセンスをもらって、とか。」
「今更あの技術を理解しとらん奴なんぞおらんやろ。いまどきの電気人形屋にとってはコモディティや。」
「…あと、私がなぜ15日も動けるのかの、本当の説明も…。学習ではせいぜい倍の6日が限度では?」
「テストベッドでぐっしゃぐしゃにいじり回した超特別仕様の話をしても仕方ないやろ。2日前のユニットも…」
「ああっ!?ちょっと違和感あったあれですか!?また何か寝てる間に仕込んだんですかっ!?このえっち!」
 ごんごんっ。
「んがっ、こら、やめんか、改良や改良、たぶん改良や!」
「たぶんって何ですか!この間の新記憶素子実験で、買い物に行って店の中で頭から煙噴いた事件とか、ものすごく恥ずかしかったんですよ!」
「まんま自走で煙噴きながら帰ってきたアンタもたいがいやろ!」
 いずれ、ヒトと同じぐらい動けるようになるのは、いつのことだろうか…
 …あるいは、15日もエネルギー補給無しで動けるのなら、すでに到達しているのかもしれないが。
 それが当たり前になるまで、まだまだ改良は続くのだった。